ブラモリオカ

主に岩手県・盛岡市について書いています!

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旧四ツ家町は金田一少年「じっちゃんの名」ゆかりの地!大智田中地蔵尊と四ツ家惣門!

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大智田中地蔵尊

(だいちたなかじぞうそん)

 

本町通2丁目 (旧四ツ家町) にあり、「田中の地蔵さん」「四ツ家の地蔵さん」と呼ばれ、地域の人から親しまれています。

 

作られたきっかけは、四代盛岡藩主夫人の弔いのため。嫡子であった五代藩主によって建立されたといいます。

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もともとは、近くにある名須川町の田んぼの中に鎮座していました。大正元年、四ツ家町の有志により、この地に遷座。

 

以来、安産・家内繁栄の守り地蔵として、信奉されてきました。

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四ツ家町

(よつやちょう) 

 

町割に際し、4軒の家を初めに建てたことに由来しています。

 

現在は、本町通2丁目の一部ですが、地蔵尊隣にある「四ツ家町公民館」や、地区内の「四ツ家教会」に、旧町名の名残があります。

 

※ 四ツ家教会について

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四ツ家町出身者には…

 

金田一京助

きんだいち・きょうすけ

 

言語学者・民俗学者で、石川啄木の大親友でもあります。

 

多くの「国語辞典」に、その名前が載っています。

 

旧四ツ家町内には、現在も「金田一薬局」があり、その隣に生家があったといいます。薬局は親戚筋とのこと。

 

推理小説でおなじみ、探偵・金田一耕助。

 

今でも、テレビドラマが頻繁に作られます。金田一少年の「じっちゃん」でもあります。

 

小説の作者が、東京で近所に住んでいた、京助の弟 (金田一安三) の表札を見て、名前のヒントを得たといいます。

 

「耕助」の名は、当時すでに有名人だった「京助」をもじっています。

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再び地蔵尊へ!

 

地蔵尊脇を通る道は、旧奥州街道になります。

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この曲がり具合、城下町ではおなじみ、敵の侵入を防ぐため、クランクに道が作られた名残です。

 

地蔵尊裏には「赤川堰跡」の石柱が建っています。

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盛岡城の外堀が、この場所にありました。

 

自然の川を利用して作られ、時代の変遷とともに用水路に変わり、「赤川」と呼ばれるようになりました。

 

昭和中期頃まで、水が流れていたといいます。

 

※ 詳しくはこちら

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堀の内側 (現在地蔵尊が建つ場所) には、門 (四ツ家惣門) があり、番所が置かれ、盛岡城下北の玄関口だったといいます。

 

奥州街道の名残は、旧四ツ家町の先、旧三戸町 (現在の本町通3丁目) を通り、上田通りへとつながっています!

 

※ この先についてはこちら

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