ブラモリオカ

岩手県盛岡市の非公認ガイドです。盛岡もの識り検定(もりけん)2級合格者、もりおかコンシェルジュが色々書いています。

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盛岡城の外堀を埋める!市内中心部に残る堀と土塁の名残!

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盛岡城跡公園にある案内板です。

 

こちらの「盛岡城 城下町全体図」によると、現在の市内中心部には、堀と土塁があったことが確認できます。

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ちなみに内堀は、現在の鶴ヶ池・亀ヶ池です。

 

鶴ヶ池(桜山商店街付近)の「時鐘」がある場所が、小高くなっているのが分かります。

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これが土塁の名残になります。

 

城の防衛策として、このような堀と土塁が、三重(内堀・中堀・外堀)に設けられたといいます。中堀・外堀は埋められてしまいましたが、一部名残があります。

 

赤川堰跡 (外堀)

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本町通2丁目、仁王小学校の近くにある「大智田中地蔵尊(四ツ家の地蔵さん)」の敷地内。地蔵の裏に小さな石柱があります。

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「赤川堰跡」と記されています。

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外堀は自然の川を利用して作られたそうです。

 

時代の変遷とともに用水路に変わり、「赤川」と呼ばれるようになりました。昭和の中期頃まで水が流れていたといいます。

 

この場所から南下します。

 

盛岡中央郵便局の裏手にある住宅街の一角。

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かつての流路跡が、遊歩道になっている場所があります。

 

盛岡城中堀土塁跡

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中央通にあるNTTのビル2棟の間から、本町通へと抜ける、内丸教会・盛岡幼稚園などがある通りです。

 

このような石碑あります。

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「盛岡城中堀土塁跡」と記されています。

 

石碑の南側は、現在の住所表記で「中央通1丁目」になります。

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中央通は、主にビルが建ち並ぶ地区です。

 

こちら側には、上級武士が住んでいたそうです。その屋敷跡地に、官公庁・銀行・オフィスビルなどが建てられています。

 

盛岡地方裁判所の敷地内にあり、観光名所にもなっている「石割桜」は、南部藩主分家の庭園時代から残る一本桜です。

 

※ 満開時の石割桜

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また、北日本銀行本店の敷地内には、当時から残る庭園(一般公開なし)があります。

 

石碑の北側は「本町通2丁目」になります。

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近年はマンションが増えていますが、本町通は主に商店・民家が多い地区になります。

 

こちらには、商人・職人・一般武士が住んでいたといいます。

 

現在の住所表記では、すべて「本町」に統一されていますが、大工や左官が住んでいた「大工町」、寺町の入口で花や仏具が売られていた「花屋町」、油商人が住んでいた「油町」などがあります。

 

堀・土塁の役割が、よく分かる場所です。 

 

北上川古川の名残

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地図上でも、川の名残に沿って、道路ができているのが分かります。

 

金田一駐車場(中央通)の裏手、大通商店街から盛岡冷麺発祥の店「食堂園」へと続く道は、古川の名残だったことが分かります。

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途中、大通商店街で途切れてしまいますが、岩手産業会館・岩手教育会館の裏手には、再度名残が確認できます。

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