ブラモリオカ

岩手県盛岡市の非公認ガイドです。盛岡もの識り検定(もりけん)2級合格者、もりおかコンシェルジュが色々書いています。

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これぞ、ホンモノのさんさ踊り。令和の時代も残したい盛岡のお盆。大慈寺・鉈屋町界隈。

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黒川さんさの門付け

ー残したい盛岡のお盆ー

 

毎年8月14日

 

その昔「さんさ踊り」は、主にお盆に踊られていました。

 

門付け(かどづけ)とは、人家の門前で音曲を奏するなどの芸をして、金品をもらい受けること。また、その人のことです。

 

昔の盛岡ではお盆の時期になると、多くのさんさ踊り集団が市内各地に登場し、門付けを行っていたといいます。私の母が子どもだった昭和30年代、本町(油町)には「山岸さんさ」が来て踊っていたといいます。

 

時代とともに廃れていったこの行事を、近年、復活させている地区があります。

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こちらは、原敬(平民宰相)の墓所がある大慈寺です。昔は各地区のお寺・神社の境内で踊られることも多かったそうです。

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踊っているのは、市内の黒川地区に伝わる伝統さんさ踊り「黒川さんさ」を伝承・保存する、黒川参差踊連中(くろかわさんさおどりれんちゅう)です。

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平安時代の後期、「前九年の役」の際に発生したといわれています。黒川集落内の山に陣を置いた武士の一団が、勝利祈願のために踊り明かしたといいます。

 

集落の住民がそれを真似して、家内安全や五穀豊穣の祈りを込めて踊り継いできたと伝えられています。

 

あれ…「さんさ踊り」って、鬼が来なくなったことを喜んだ住民が、三ツ石神社で踊ったのが発祥と、多数のパンフレットに書いてあるんですけど…となりますが。

 

まあ、どちらも「伝説」ですから。そのあたりは深く考えずに。

 

所変わって、古い町並みが残る鉈屋町(なたやちょう)です。

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かつて、奥州街道・宮古街道・遠野街道の分岐点、近くを流れる北上川を使った舟運の拠点として栄えた町です。

 

こちらでは、昔から続く「盛岡のお盆」を残す取り組みをしています。

 

先程の「黒川さんさ」が、こちらでも披露されています。

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笠をかぶっている人は「一八(いっぱち)」と呼ばれます。

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「ひょっとこ」のお面を付けて、イタチを持っています。踊り上手のベテランが務め、演目の始めに先立って踊ります。

 

ちなみに、この界隈では、8月14日に迎え火をする風習があります。

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令和元年。

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盛岡のお盆です。 

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